私がどうして暮らしの保健室を作ったか

プラスケア代表理事の西智弘です。

 

明日はいよいよ、暮らしの保健室がオープンします。

このように、思い描いていたものが形になるというのは、本当に感慨深いものがあります。

 

多くの方からもお祝いの言葉を頂きました。

その中に、

「きちんと、形にできるなんてすごいですね!」

「西さんの思いの強さですね!」

のようなコメントを頂くことがありました。

 

でも、それはちょっと違います。

決して、私の思いが強いから、この暮らしの保健室ができたわけではありません。

 

実際、何度も、この事業をあきらめようとしたこともありました。

でも、あきらめようと思ったとき、やはりあきらめないで前に進もうと思わせるものがあったのです。

 

それは、私がこれまで出会ってきた患者さんやご家族の声です。

 

医師とのコミュニケーションがうまくいかない、診察室でどうふるまえばいいかわからない、病気を抱えてどう生きていけばいいかわからないけど誰にも話せない、誰も力になってくれない…などなど、患者さん・家族と病院、という関係性の中だけでは解決されない声をたくさん聴いてきました。

「もうあきらめよう」と思うたび、そういった患者さんや家族の声が、自分の心の底から響いてきたのです。

その思いの強さが、このプロジェクトを前に進ませ続けたのです。

 

だから、この暮らしの保健室は、私が作ったのではありません。

川崎に生きてきた、多くの方々の涙が、それをつくったのです。

先に流れた涙を取り戻すことはできませんが、後につづく笑顔で、少しでも報いることができればと思っています。