なかはらびと:001 ピープルデザイン研究所 須藤シンジさん 【第2部】

「なかはらびと」は、武蔵小杉を中心とした中原区・川崎市において、様々な分野で活躍されたり、興味深い活動をされている方へ、+Care projectのコンセプトテーマに関連したインタビューを行う企画です。

 

「なかはらびと」第1回は、2014年7月に、川崎市とまちづくりについての包括協定を結んだ、ピープルデザイン研究所代表の須藤シンジさん。

 

前回に引き続き、この川崎がどのようになっていったらいいのかという部分について須藤さんのお考えをお伺いしました。また、その後こすぎエリアの勉強会「こすぎナイトキャンパス(読書会)」にもご参加頂きましたので、その様子も少しお伝えしたいと思います。

インタビュアー:西(西)

回答:須藤(須)


西:今後の展望として、川崎市がどんなまちになっていけば、そしてそれが日本にどのように広がっていけばいいとお考えかをお聞かせ下さい。


須:固いところと柔らかいところ、というのがあるんですけど。

 

固いところとしては僕個人の考えですが、我が国の少子高齢化、ないしは現在の財務状況を考えると、社会保障費は減ってかざるを得ないと思うんですよ。あるいは維持するためには、より未来からの借金を充当する以外の方法が、今のところ明確に見えていないのは事実だと思います。

 

一方でハンディキャップをもつ状況になってしまったり、病になる方というのは、ある一定割合で存在します。


そこに、「未病」というアプローチもあるんですけど、私でいうとハンディキャップのある子供をもったときのように、その状況を受け入れざるを得ないという瞬間が誰にでもあると思うんですよ。ただそのことがね、不幸になるかどうかっていうのは全く別で、それでもなお幸福になる未来というのは確実に存在しうると思っているんです。その方法としては、国家的・行政的な財源に頼るよりも、今ある財産である「人」、この「人」の思いやりみたいなものを意図的に起動させることで、越えていける要素は多分にあると思うんです。

 

これを従来は「宗教」みたいなところに切り分けていった時代もあると思うんですけど、もっと地域の文化や習慣として、親切や思いやりを人の力で交換しあっているっていうその空気が、社会保障費に頼らない存続可能なひとつではないかなと強く思っているんですよね。

 

そんなことで、固いところで言うと社会保障費、コストを削減するために、いかに「思いやり」を起動させるか、起動させるきっかけに、同情だとか義務だとかいう重いテーマよりも、経済活動の中にある楽しげなコンテンツ、これを利用していくというのは大いにあるなと。


須:柔らかいとことしては、今全世界的に大体主要79都市くらいの先進国の都市が、地域の価値をどう上げるか、すなわち良き納税者を増やすかというところにシノギを削っているんですよ。


当然、地域の価値を上げるというのは、昔は「ハコ」だったわけじゃないですか。これが、最近ポートランドなんか有名ですけど、グリーンシティっていうコンセプトだけで、優良なる企業体を集め、「マチを緑に」っていうかけ声を15年続けた結果、住みたいと思うひとが集い、結果的に米国50州の中で唯一消費税がない州ができあがってるんです。これって、先ほどの固い話とも連動するんですけれども、地域の価値を作るって、日本で本来地方の村とか町とかの農村部が一生懸命やろうとして10年くらい色々次世代が出てきてるテーマでもあるじゃないですか。おらがまちを見直して、誇れる町にしようっていう。これってどちらかというと旧農村地帯だとか日本の技がある、鯖江のメガネだとか、滋賀の織物とか酒蔵とかがフォーカスされてるんですけど、大都市こそやるべきじゃないかなと。


すなわち大都市でやること自体が、世界にとって相当インパクトがあるんじゃないかなと。今すでに、日本は高いポテンシャル ―反省は多くなったとはいえ、安心安全という印象がまだ残っているでしょう。ここの土俵を使って、世界に誇れるまちとしてのアピールが非常にしやすい先進国の都市のひとつじゃないかなと。


西:なるほど。その「世界に誇れる都市」に川崎がなっていくと。


須:ええ、我が町川崎145万人って、国クラスの人口を擁しているわけなんで、これはあなどれないですよね。これこそが、いい意味で日本を売っていく、Made in Japanのモノづくりに視線はフォーカスされてますけど、文化を売っていくというコトづくりとして世界に売れるんではないかと。就労者を増やし、住みたいと思う人を増やし、ひいては納税額を増やしていくということにつながっていくんじゃないかな。

「じゃあ、どうする」というところを、市民レベルでできる提案なり、このピープルデザインで川崎市さんと取り組むことで川崎市の課題を解決したりですね、僕らが知っていて、大きなマクロでは見えてこない各論的な課題に川崎市や地域の風を送り込んでもらうことで解決の時間を早めていくとか、そういったことに取り組んで行ければと思っています。


西:なるほど。今日は貴重なお話しをどうもありがとうございました。


 

その後、武蔵小杉で行われた読書会(こすぎナイトキャンパス)では、須藤さんの著書『意識をデザインする仕事』が課題図書として取り上げられ、参加者と須藤さんとで熱いディスカッションが行われた。

須藤さんおよび参加者のコメントを見てみよう。


・「こころのバリアフリー」「違いは個性、ハンディは可能性」という言葉からお互いが違う、ということを認識することの重要性を知れた。

 

・ニュージーランドへの留学→日本は多様性に対する教育の後進国。子供が障害を持ったときに、この子が大きくなって自立して過ごすために健常者とどれだけ関われるか、というのが大事だと思った。ニュージーランドは多国からの留学生を受け入れる下地があり、当然、他人の良いところを認め多様性を認める文化ができている。

 

今まで当たり前と思っていたことに疑問や気づきをもつ:6%の障害者の方に、接していないこと自体が不自然、現状は変なんだ!ということにこの本が気づかせてくれた。

 

・これから川崎でやっていくことは?:本で書かれていたようなことを川崎を舞台に展開、また教育委員会と組んで子供へのアプローチをしていきたい。

 

・自分が小学校の時に盲学校との交流会、というのがあり、その生徒と手をつないで運動会をしましょう、という企画があったが、その当時一言も話しかけることができなかったことでとても後悔する気持ちになったことを思い出した。お互い特に話すこともないんだけれど、相手は目が見えないわけだから、自分が話しかけないと恐かったのではないか?と。

 

・ピープルデザインのプロダクトは障害を持っている方への最大公約数的なものになるのか?→ネクスタイドのプロダクトは、ピープルデザインのメッセージを伝えるためのモノづくり

 

・友人の子供が車いすなのだが、入学時に嫌味を言われる。「予算をつけてわざわざスロープをつけてあげたんですよ」とか。日本はまだ、一緒になると健常者の足を引っ張る/障害者の側もついてこられなくてかわいそう、だから「分けた方が良い」という意見を、その子の親世代(30代後半くらい)が言ってしまう文化

 

・メガネがファッションに変わったように、補聴器もデザインで変われないか。かっこよければ、これまでちょっと耳が遠いくらいだとつけなかった人達もつけるようになって、オシャレアイテムとして変わっていく可能性があるんじゃないか。

 

「かっこいいからつけたい」は「かっこわるければつけたくない」の裏返しで、補聴器が「かっこわるいもの」という意識のバリアがそこにはあるのかもしれない

 

・障害者を「理解する」、バリアを無くす、という文脈だと、どこかに無理が生じる部分もあるんじゃないか。多くの方は「差別をしよう」とは思っていなくても、深層心理の中に取り払うのは難しい意識下の壁、というものもあるのかもしれない。だとしたら、誰しもこころの中にバリアを抱えている、ということを認識した上で、その自分がどう周囲と付き合っていくか、というふうに考える方が楽かもしれない

 

・自分が生まれてきたこと自体が感謝だし、育ててくれた全ての人に感謝なのだけど、その感謝を返す先は、その方々ではなくやはり次世代へ返していくことなんだろうなと思った。


(『武蔵小杉ライフ』で取り上げられた当日の様子はこちら

当日の「こすぎナイトキャンパス」の様子。
当日の「こすぎナイトキャンパス」の様子。